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なぜ「自分を知りたいのか?」考えた事ありますか?

この記事はメインブログに掲載したものに手を加えています。

自分を知りたいのは何故か?

ブログに言葉のマジックの一例を「悟りについて」書いたときに挙げました。

 今回のお題は 巷にあふれている「自分を知る」という事に求めているものについてです。
質問させてください。 そして、一瞬でも良いので考えてください。

 

「自分を知る」となにがどうなると思っていますか?
何が明らかになると期待していますか?
「自分を知る」事で、なにが得られるとお考えですか?

 

この質問の答えの方にあなたが求めているもの(またはヒント)が有るのでは無いでしょうか?

 

それが、安心感や心の平和でしたら心理学的なストレスケアをおススメします。
おそらく、パワースポット巡りでは無いでしょう。
新月や満月のお願いを何度もするより心理学的なストレスケアが抜本的な対処に有効な場合も多いとも思えます。
私もパワースポットに行きます。それは自分を知るためではないという事です。(何かの拍子に自分を知ることになりましたら受け止めます)
私はあなたがその「見えないけれどきっと存在する」と思っている事にケチをつけているのではなく、あなたがそれをする動機を掘り下げてはどうですか? という提案を書いているつもりです。

 

「自分を知る事に何を求めていますか?」

 

それは天職や適職ですか?

あなたの「自分を知りたい」動機は 適した仕事? 天職? 適職?が判明するという意味を持っていますか?
天職も適職もある程度積み重ねられるものが候補だと思いませんか? それは他っておいても続く場合も、少々の努力が必要な場合もあります。
イチローは現在現役ですが、天職、適職のどちらかと言えそうです。継続しているという面からも。加えて努力、計画、継続をされています。天職と適職と「活躍する」ということはややもすれば一緒くたにされてイメージをされていると思いますが、言葉を丁寧に見つめていくと自分の思考を紐解くことができます。

 

例えば、ブログを書く事が続かないのならば、少なくともブログを書く事については積み重なっていかないので天職とも考えづらいですね。(天職が豊富な収入という言葉に置き換わっていますか? いませんか?)

 

特に楽しくなくても、積み重なるものは天職とか適職とかの候補にはなりそうです。

 

「自分を知る」という事がタイプ分けのような事でしたら、世の中に色々な手法がありましたらされるといいと思います。
血液型から星座から、占いではありません、統計学です。というものから色々あります。心理学ベースのものもありますね。

 

自分を知ったら活躍できる?
自分を知ったら沢山の収入を得られる?

 

「自分を知る事に何を求めていますか?」

 

ここを抜きにして「自分とはなんだろう?」という事に対して焦っても答えは得られにくいですね。

 

自分を知ったらモヤモヤがスッキリする? 虚しさがなくなる?

そもそも質問があやふやなのに、答えを明確に欲しがる事が何かしらの経験か知識が足りていないのかも知れないです。
だから、「自分とは何者か?」を一生をかけて解いていくとも言えます。
答えは人それぞれでしょう。共通した感覚も持つようですが、それが正解ということでもないと思っています。

 

直ぐに答えが欲しい方は多いですが、それは自分で人生を通してわかっていくものだと、どこかで読んだり聞いたりしても
「早く答えが欲しい」
「待つなんて、そんなのは嫌だ」と思うと頭に残りませんもんね。
だから、焦る事をやめられない。(私は、待つのは嫌だ。よりも、どうやったら答えがわかるんだ! 方法を教えて~~~と途方にくれた事があります。笑)

 

多分、これこそが人間のあるがまま。なのだろうとも思います。

 

何を質問したら良いのかわからない状態の時は、そのものの全体像はまだ掴めていないので想像力や経験が足りていないと質問も出てきません。

私が直ぐに今時のスピリチュアルに飛びつく事に抵抗があるのは、自分が何を求めているのか(それとも何も求めていないのか)はわからないけど答えは早く欲しいと言っているように思えるからだと書いていて思いました。しかしこれは、今時のスピリチュアルが初めてではなくて、昔から何かしらの形でずっ~~~~とある現象だとも今気がつきました。 (私も言葉のマジックにハマっておりましたわ。分かりやすく思えるような風潮を自分の中で一般化していました。)

自分では何も考えようとしていない。けれど、快感は欲しい。

傲慢とも言えるんでしょうか? 傲慢な気持ちはさらさらご本人にはないと思いますので非常に言葉がキツク聞こえるかもしれません。お許しください。

他にもっと適した言葉があるはずですが、直ぐに出てきません。

 

人間の本質にはそもそもこういった  傲慢さ  も内包しているものなのだとも思います。自分では気がつきにくいことです。(私にもあります)

 

考えはひとまず放棄して「教えに従いたい」のでしたら、何かの信仰をされるのも向いています。なぜなら、そこには大抵教義があり、答えを出してくれたり、教えてくれる方がいますものね。
 (書いておいてなんですが、私はこの分野にも詳しくありませんので、オススメの宗教はありません。)

 

この役割を占いが果たしている場合もあると思います。メッセージ類のカードも愛用者が多いですし。法則的なもの。カリスマのどなたかの「教え」に傾倒することもありますし。(私も答えが欲しくていくつか試しました。はまったこともあって、内容も覚えてしまいました。)

 

人それぞれの価値観があるのでそれでも良ければ良いのでしょうが、生きているうちに折角「思考」ができるのだから、場合によっては自分の思考力を使っても良いんじゃないかな?と思う訳です。

 

こういった事を考えることに向かない人がいることは実は知っています。
・そもそも好きじゃない。
・考えろって言われても 何を考えるの?と意味が分からなくて不機嫌になりそう。
その場合は、どうやら「教えて」「答えを頂戴」という人生を選択されるようです。私はこれも 1つの人生だと思っています。
確かに以前は 大切なことを少し考えてみる大切さをわかって欲しい!という気持ちが沸き起こりモヤモヤしましたが、 それは単なる私の好みの押し付けで、(他の方も主張されてもいますが) そんな押し付けを断る自由があるんですよね。私が押し付けられる側なら 言われ方や言われる人によるだろうけれど嫌なら嫌だし。

 

そしてですね、

ある方が、気づきは快感(快楽)だけど、行動しない限りはその快楽(気づき)だけでは人は成長しない。とおっしゃっていました。

 

正解も不正解も難しいところですし、私も今まで書いたような事にたどり着くまでは遠回りもたくさんしてたどり着いてもそれが100%活かせてるのかは甚だ怪しいですが自分の望みや使っている言葉の真意を意識するという事は心掛けとして頭に留めています。

このコラムのお題で言えば 「自分を知りたい。という言葉の真意はなんだ?」ということです。

Q:自分がわかったらモヤモヤが解消するか? という質問に今の私は 解消する分野がある。と答えます。一生モヤモヤしないということはないかな。と。

Q:自分がわかったら虚無感が無くなるか?という質問には今の私は なくなる場合もありそうだ。と答えます。その虚無感が何からきているのかわかることも含んでいるのなら期待はできそうです。

自分を知るって 誰かが答えを教えてくれるものではないの?

学校の勉強と勝手が違うので、答えは誰かに教えてもらうものとも言えない禅問答的なもどかしさを感じます。それが哲学とも言われる分野です。

 

私も自分がしっくりする考えを探求?研究?していたお陰様で、それが心体カウンセリングに活きています。

 

この様に活用できる日が来るとは全く知らずに長年生きて、検証や思考をしていましたが、それが役立つという事を有難いことに経験しました。親戚の叔父に「難しいこと考えて可愛くない女」と子供の頃も言われましたが、それでもやめませんでした。やめたのはその親戚の叔父との会話でしたが、あの言葉で個性を搾取されなくて良かったと心の底から思っています。

 

自分を見る事が痛いな〜〜と思う事はありましたが、やめたいとも思った事がなくて 元々 研究心というか、学問心というか有るんだと思う様になりました。
 ・この様な考え事を誰に求められていなくても
・考えた事を誰に言う機会がなくても(ブログなど発表の機会などなかったし)子供の頃からなので。

 

それに、キネシオロジーに出会ったことがきっかけでしたが、身体の反応が連動してるという体感を得て、私の中の何かが非常に喜んでおります。

 

文中の適職や天職について私も探す様な気持ちになった事も、考えた事があります。
その結果、嫌でどうしても出来ないこと以外は適職、または、天職と位置付ける事にしました。これはあくまでも私の結論です。

 

「〇〇ならば、〇〇だ。」思想で
天職につきさえすれば有名になれる。
天職につきさえすれば幸せになれる。
天職につきさえすれば自慢できる、認められる。
ということから天職を探しているのなら、
有名になって何が得たいのか?や
その幸せの意味してるものは?
本当は誰に認めて貰いたいのか?自慢したいのか?を考えるのが宜しいかと存じますがどうでしょうか?

 

「自分を知る事に何を求めていますか?」「自分を知ることでなにが得たいですか?」

心理学的 自分へのアプローチにこの1冊

自己啓発系の書籍や、成功哲学的な書籍の前に、私はやはり心理学的な視点をもっていることがとても有用だと思っています。「自分」を意識することを自己啓発、成功哲学系から入ると土台が脆弱なような気がするのです。それは、気分によって大きく左右されることにも繋がったり、結局同じところを何度もグルグルと繰り返してしまうというようなことが現実として起こるような気がしてなりません。

私が書いたことはこの書籍からの引用ではありません。書籍をどうぞゆっくりと大切に読んでみてください。

 

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