今日は、救いがないと感じ、とてもシンドイ思いをされている方へ、またはその時期を過ごされていることについて書いていきます。

 

こんな思いが頭から離れない時期の体験記

私は運に見放された

私の人生の歯車が狂った

私はツキに見放された

 

こんな気持ちになるときがありますね。

私もありました。

 

私がその時期をどう過ごしたのか?ですが、奇跡を起こしてあっという間に楽になる方法は知りませんでしたから、泥臭い内容になりますがお付き合いを宜しくお願いいたします。

私が

私は運に見放された

私の人生の歯車が狂った

私はツキに見放された

と感じた時期は、今のようなセルフケアの知識はありませんでした。観念的、精神的な考え方などは書籍で得ることができましたが、心体カウンセリング™ という「心と体の仕組み。脳の仕組みを利用して感情ストレスに対処して楽になる」というような知識は皆無でした。

 

そうすると、回復までにショートカットするというような具体策なしで、それなりに時間がかかる回復ではありましたが、そこには今考えると「良い点」もありました。

それは「底を打つ」という体験です。

 

先日精神科のドクターで、他の関係者の先生から「レジェンド」と呼ばれるような方のお話をお伺いすることができたときに、この「『底を打つ』大切さ」というお話が出たのですが、それを聞いてもう随分昔の自分の体験を、「あぁ 結局のところ『底を打つ』まで落ち込んで良かったのだ。それが今の人間的な強さのようなものを生んだのだ」と思えました。

 

回復にはいろいろな道筋があります。

私の体験した「底打ち法」のようなものは兎に角時間はかかります。ましてや、当時カウンセリングを受ける、治療を受けるという知識がなかったので「一馬力」だったですからね。

その代り、本当に多くのことに気がつくことができました。

 

私は今、心体カウンセリング™ を行う側、自分のケアに使う側になりましたが、やっぱりこういった事を併用した方が回復スピードは速いと思う。1つの例としては、心因性ストレスによる内臓への負担が少ないということも含まれます。脳へのダメージも浅い段階で回復へ向かう方がよろしいかと思います。「2馬力以上の相乗効果」にはなると思います。

 

ただ、この時も、配慮することはあると考えています。

 

「底を打つ」って結構な恐怖感がある

一体自分はどこまで落ちてゆくのだろう? と思える感覚があります。

足元の地面が無い。支えがない。信じていた価値観が崩れていく。このような感覚は大層恐怖心を伴います。

興味深いことに「落ちる」「落ちていく」「沈んでいく」という体感覚のようなものも伴うんですね。

 

現実にはなにも起きていません。

そこに居る。

調子の良かった時と同じように、あなたはそこに存在しています。

 

しかし、知覚はまったく変わってしまいます。

 

私は独特の嗅覚のようなものが働く時がありまして、その昔、初対面の年上の女性に

「底までおちたら、後は上がるだけ。なんて言葉がありますが、底なんて無いんだってことに気がついて驚いたことがあるんですが、底ってありますか?(底ってあると思いますか? の意)」とお訪ねしたことがありました。

いきなり。(笑)

 

船の上でしたから、「昔から船の上で仕事をしている人は、底板一枚。それしかない。という考え方があるそうですが、船にのっていなくても、底なんてないもんでんすね。」というような事も話したような気がします。

 

しかし、嗅覚は正確だったようで、その女性は私の不躾な質問に顔色一つ変えず、「無いよ」と即答されました。お訊ねした私が言うのもなんですが、不思議な方でした。相当な深い話に発展するような話題だと思うんですけれど、すっぱりと質問だけにお答えくださいました。

何というか、「この方、腹くくって生きてるな。修羅場もあったんだろうな。」と感じる何かがその方にあったんですね。私はそういう方と沢山お話したい時期でしたから嗅覚が働いたのでしょう。

お礼を申し上げました。「いきなり不躾なことをお訊ねしたのに、答えて頂いてありがとうございます。スッキリしました。」と。

 

おそらく、この女性も「底を打つ」という体験をされたのだろうと思います。

 

恐怖を伴うこの体験は、不思議なこと人間のナニカを強くします。それは「乗り越えると。」という制限がつくのかもしれませんし、乗り越えるというか、とある到達点まで行くと。ということでしょうか。

 

しかし、底を打つ前に恐怖で「逃避する」という事の方がおそらく多いんだと思う。

戦うか逃げるか。という本能で、逃げるを選ぶことだってある。

そして、底を打つということは戦う事でもないんですよね。抗うのをやめる。もう抗えない。というような感覚です。逃げるというような「抵抗すらできない」という感覚でした。

 

しかし、これをするのとしないのとではもう全く違うと思う。思うというより、個人的には違うと確信している。

同じような経験をして、ひねくれちゃうというか、回復をやめちゃうように見える方は、まだ到達点まで行っていないのかもしれません。心が歪むようなことになってしまうケースも(おそらく)存じ上げていますが、それは逃げることを選んだままになっているという可能性もある。難しいけれど。

 

それを精神医療のレジェンドと呼ばれるような先生がいともあっさりと短く表現されました。

ということは、この先生もあの風景を見たり、体験されたのかな?と今思いつきました。

 

このお話を聞く前は、ただ単なる自分の体験だった話が、「方法論として良かったケース」に変わったわけです。

 

今の私は、「底があるのか、無いのかはもうどっちでもいい」と感じています。

全ては幻ということでも全く構わない。

 

ですから、この記事を読んで頂いている今非常に身体共にキビシくて

私は運に見放された

私の人生の歯車が狂った

私はツキに見放された

と何かにすがりたい気持ちでいっぱいの方も、

今のあなたがまさに回復する経過の中に今の状態があり、今が底なしに感じても、どん底に感じても、回復の道半ばだということです。

 

その回復の時間を早回ししたい時には、心体カウンセリング™ にいらしてください。

セルフケアを習いに来てください。

 

なにより先ずは休養してください。

 

私が一番シンドイ時期を過ぎ、それでも本調子ではない時に言われた言葉があります。

「何も考えず、バカみたいなテレビを見て、笑っていたら良いんです」と。

この方も「底打ち」の経験者だったようですが、私より重篤な底打ちの仕方をされたようで、体が動かなくなって入院されたとのことでした。(私がお会いした時は回復されていました)

入院された方も、その後お仕事に復帰されていましたし、私もお陰様で色々な出会いも再会も楽しみながら生きています。(https://ameblo.jp/creating-fun-okinawa/entry-12400976540.html

休息は大切です。

 

一馬力で結構な月日をかけながら回復して行ってもいいでしょうし

他人の力を借りて、2馬力以上のチカラで回復を早める試みも良いと思います。

 

別のブログから

別のブログに「底打ちの大切さ」という記事を書いています。

https://ameblo.jp/creating-fun-okinawa/entry-12400490744.html

 

ケースバイケースですから、0か100かという受け止め方はしないでください。

 

私の回復期を支えてくれた犬

アニマルセラピーは確かに効力を発揮しました。

天の配剤で、回復期に丁度迷子犬と出会い、飼い主が現れずウチで引き取りましたが、私が一番助けられました。

ですから、私は一馬力でもなんでもなくて、気がつかないだけでやっぱり犬も含めて多くの他者に支えられました。

 

シンドイ時期は自分のことしか見えないから、自分をサポートしている見えない手に気がつけません。

おそらくあなたの周りにも あなたの理想とは違うかもしれないけれど支える手があるのではないでしょうか?

 

今まで見えなかったものが見えてくる

アナタを支えるというつもりの、共依存者もその中にはいるかもしれませんが、回復して来たらおいおいそんな関係も見えてくることがあります。

 

本当にいろいろと今まで見えなかったものが見えてきます。

嘘のように。今まで一体何を見ていたの?と自分を責めたくなる。

 

シンドイ時期には他の諸問題も一気に噴出してくることも多いようだし、それによって一層落ち込む、運が無いと感じることがあります。しかしそれはあなたの状態が楽になってくると「そんなことがあったけれど、まぁしょうがない。」と傷つかなくなってきます。

 

多分それが、「強くなる」という一面でもあるのでしょう。

繊細でありつつ、強くある。って両立します。

 

私は運に見放された

私の人生の歯車が狂った

私はツキに見放された

 

こんな気持ちに囚われて軌道修正したくてジタバタしたくなりますね。

運の良くなる〇〇 や、ツキを呼ぶ〇〇 が猛烈に気になるかも知れません。

 

「運」「ツキ」ということの依存や中毒になってることもあります。

お気持ち 本当にお察しします。

その位必死な気持ちになりますものね。

 

以前は「そういうものに依存しない。中毒にならない。自分の足で立つ」ということを強く訴えたかったのですが、それすらも回復の道途中であり、それらから卒業する、しないはご本人が決断することだな。と思うように今はなっています。

個人の意見として推奨はしないけれど。という意思表示だけで、それを押し付けることなどしなくて良いかな。と。

今ある幸せを見る。自覚する。

正論としてはそうです。

今ある幸せを見る。自覚する。もっと大変な人もいらっしゃるのだから。と。

 

それができるなら多分人生のシンドイ時期はやってこない。

シンドイ時期のおかげで気が付けることってあります。

 

それを他者(家族でも)強要しても、心深くまでは届かないのですよね。自分の心深くに届けられるのは自分次第です。

 

時間も存在する

回復という事には時間がかかります。

その時間は個々によって違うので、それが長い時間か短い時間か?という何かとの比較も意味は余りありません。

 

私が弱っている時に、友人が「全ては時間が解決する」という言葉を教えてくれました。

 

当時は「その『時間』とは一体どの位なんだろう・・・・」と途方にくれましたが、それなりに時間はかかりましたが、それが過ぎてしまうとアッという間です。

逃げたい時には逃げたら良いと思うし、逃げていないつもりで無意識で逃げていることもあるでしょうが、それも含めて人生は続きます。

 

心安らかな人生ってあります。その期間がどの位続くのかは自分次第なのかもしれませんが、それを体験して欲しいと願っています。

そのために、正しい現在の状態の理解と休養とストレス対処、感情対処を薦め続けます。

 

運とかツキとかについて、気にならない生き方も中々最強の部類ではないでしょうか。(笑)

運とかツキについてのオーソリティーではありませんので勝手な言い草ですが、これらは細かいテクニック云々よりも、それらは おおらかなでシンプルなものではないかと思う時があります。

 

細かいルール作りは人間が行っただけであるように、運とかツキを気にするという思考も後付けです。

私達の悩みは、多くの後付けされた情報によって生み出されるものだったり、それらに持って生まれた反応や反射が絡み合ったりしています。

認知行動療法はこういったものを見直し、もう一度確認していく作業を行いますが、心体カウンセリング™ の中でも利用しています。

 

私も、それが認知行動療法だと知らない頃から、自発的にやってきた事がありました。

それがやっぱり良い結果に繋がっている。

アレほどの底なし感を感じたのに、やはり人間は回復するもんですよ。

 

自分を見直すって、精神論ではなくて、システマティックな手法もとても良いものです。多角的に総合的に心体カウンセリング™ を行う「統合心体カウンセリング™ 」をお薦めするのもこんな理由からです。

 

先ずは「現状確認」にいらしてください。お待ちしています。

「運」や「ツキ」「人生の歯車」についてのストレス意識も整えにいらしてください。

 

あなたの認識を修正すると、ずっと隣に立っている運の神様の存在に気がつけるようになるかもしれないです。

(2018/08/29)

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