はじめに

このコラムのタイトルは、前回ご紹介した書籍に登場する言葉を少し変えています。私も度々書きますが、どの脳のクセも程度によって「疾患名」や「障害名」「症候群名」がつくスケールで分類されるかどうか?が大きいと思っています。健常という表現も適しているのかどうか?とも思いますね。

「疾患」や「障害」「〇〇症候群」という状態とみなされるその度合いが押しなべて高い方もいるでしょうし、突出するものは有るが他が度合いが低いというもう様々なパターンがあると感じています。

訂正

前回私も著者の方との共通点や相違点を書きました。

訂正したいことがあるので、先に書きますが、前回ご紹介して内容に触れていた書籍と、今回主にご紹介する書籍の内容と混ざってしまっていた個所があったことに気がつきました。皆様も2冊とも読んで頂いてご自身の傾向などを知るきっかけにして頂いても良いかと思います。

「疾患」や「障害」「〇〇症候群」は自分とは無関係と思えなくなるかもしれませんし、そうなると「疾患」や「障害」「〇〇症候群」について一層理解が深まると思います。

発達障害の当事者の研究書籍を読んで

書籍のご紹介


スルーできない脳―自閉は情報の便秘です

そもそもこの書籍を見た時に、「これは私の『こだわり』脳について書いてあるに違いない」と思ったんですが、脳のクセの程度が当てはまらないことも多かった。しかし、ここのところコラムに書いている「脳のクセ」については非常に理解が進みやすい書籍でした。

私は以前、脳のエネルギーロスだと自覚のある記憶力について書きました。とはいっても、個人的な感じ方がありますから当時の記憶容量を提示することはできません。

ダスティン・ホフマンが映画の中で床に散らばったマッチを一瞬で本数が分かるというシーンがありますが、やろうと思ってやってるわけじゃないですね。そして、凄い能力だからってマネできますか?

この辺りの、「凄い能力へのファンタジー・あこがれ」が同化していく傾向があるご当人の脳に余り良い影響を与えないようなこともあると思います。元々自分の脳の傾向が低いものを同化できるつもりでシングルタスクで取り込んでいくということは脳に負荷をかける。脳の空き容量を確保することが優先なのに空き容量がどんどん減るわけです。異なる意味では、ダークファンタジーから悲しい出来事に繋がる事件もありましたよね。現実との兼ね合いということを考慮する必要があると思います。

脳が違えば出来ることと出来ないことがあるんだと思いますし、できれば自分の生きやすさに気がついて、脳のクセを知った上で対応策を構築していくことがサポートする側の1つの方法でしょうし、ご当人も意識されていくことではないでしょうか?

先ほどの私の以前の記憶力については、自分にそれが元々なかったらマネしようなんて思わないです。それを格好いいとか、飛びぬけている。と思えば「そうなりたい」と思うかもしれませんが、私個人は脳の無駄遣いだと感じていたからです。それでも(脳が一部ショートしたことはありましたが)、クラッシュも、フリーズも、ダウンもないので、ひょっとして当時、処理できるデータ容量が大きかったのかも知れません。

マルチタスク派なので分散して一か所に負荷がかからず、ダウンしないのかもしれませんが、こんなのはただの推測です。

お陰様で今は、記憶したいこと以外をスルーするコツも(多分)身につけたし、今ではそれを記憶したくても忘れていく忘却力も身について、頭が軽いです。スッキリです。

これらは書籍の中では、「情報保証以上に負けないくらい、情報排除保証が重要なのだ」と書かれていました。

ダスティン・ホフマン(の演じた彼)に、あなたの能力は凄いし、彼もそれが出来るからといって、何度も何度もマッチを床にばらまいて数を当てさせることが、彼の生き易さにつながるでしょうか?

この例は確かに偏っていますが、まったく的外れでもないとも思います。

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能力に注目することと、ご当人が生きやすいということについては、慎重に考えることを大切にしたいと思います。

今は「個性を伸ばそう!」という教え?教育?風潮?があり、それは私も歓迎ですが、0(ゼロ)100(ヒャク)思想ではなくて、脳のクセも考慮して一層ご当人に寄り添う視点があるといいですね。

 

スルーできないとは何を指しているのか?

細部への執着は陶酔を生む代わりに、離れがたさや喪失感の元凶である。

ー「スルーできない脳」より抜粋

これはかなり早い段階で出てきた一文ですが、これを目にした時に、「これは私のこだわりとは違うな」と思ったわけです。

 

例を挙げると、私が講座・コンテンツを創ろうとした時に、細部にはもちろんこだわるのですが、「陶酔」ということは当てはまりにくい。何かの都合でそのコンテンツをやめる、諦めなければならない理由ができた時には、確かに残念ながらに諦めることもありましたが、「離れがたい」「喪失感」ということではなくて、次への切り替えという感覚なんですね。

以前も私の「諦めが早い」というエピソードを書きました。

ホームページのコラムや、ブログや、メルマガもコツコツとずっと続けていて、社会に出てからはいつの間にか粘り強い性格を発揮する機会が増えましたけれど、ハナからてんで粘れないことだってあります。

あなたの周りのパイの奪い合い。 嫉妬やヤキモチも同じでは?

執着の現れ方もいろいろあるんでしょうね。

集中の具合が違うのでしょう。

それを「過集中」と表現されるほどのエネルギーで、何に集中するのか?によって出来事が変わってきますけれど、ご本人がその反動というか、影響が幸せならそれで宜しいかと存じますが、バランスが崩れるようでしたら対応策をちょっと考えておいても良いかな。と。

以前私の中の少ない母数のMyデータで、アーティストに熱狂する。という事例を挙げましたが、好きなアーティストに熱狂する、執着する、陶酔することで暮らしにくさを創出しますか? しないなら何の問題もないのでしょうし、なにか暮らしにくさに影響するのなら対応策を施した方がいいでしょうし。

脳のクセと、暮らしやすさとは、いろいろな事例があります。

トラウマ、PTSDの治療をされているDr.の書籍を読んで。心体カウンセリング™ との共通点。

 

楽しいことから身を引きはがすには、かなりの自制心がいる
ースルーできない脳から抜粋

 

この辺りが苦手な脳なのでしょうね。

私が前回の書籍と勘違いしていたのは、この著者の方が「リタリン」という薬剤を処方されて服用することで画期的に脳が変わって生きやすくなったということを書かれていました。

 

諦める。と言ってもただならぬエネルギーを要するようですから、執着を緩めるのに服用される方もいらっしゃるという事が私は非常に勉強になりました。

 

脳のクセだと認識する

治すとか、治療とかの話は書きませんけれど、

注意力、集中力を好きなように制御できないということを、自分の精神力のせいにしても解決しないんですね。

 

また、全画面表示ということを、こちらの本ではシングルフォーカス、モノトラックと表現されていました。

元から、生まれた状態の脳がその状態だと思うので、治すという表現があっているのかわかりませんし、もし、治そうとするのならそれはどういう事だろう?と考えております。

 

前回も書いたのですが、「自分」をどう認識するのか?

自分とどう付き合っていくのか? はどんな脳のクセを持っていようが皆同じなのですよね。

それぞれが工夫していることも多いです。

 

著者も書かれていますが、

・一般論を真にうけると自信を失う。
・脳が混乱する。

治さなきゃ。と思うのは、どのモノサシとの比較をしたのか?ということでしょう。それは能力を活かさなきゃと思うのも似ています。

 

脳のクセは千差万別。

中途半端に変種が多い
ースルーできない脳より抜粋

私も中途半端な変種だという自覚があります。

 

こういった要素のない方に会った事もない。と言いきれそうな気がしています。

 

頭の中がごちゃごちゃする。頭の中がうるさい方へ。

悩み多き時期は頭の中がごちゃごちゃしますが、広汎性発達障害という脳のクセの特徴も「頭の中がうるさい」そうです。

頭の中がごちゃごちゃする、うるさい方は、心体カウンセリング™ を即刻オススメしますし、セルフケアも併用して頂きたいですが、広汎性発達障害という脳のクセの特徴のスケールが高いという可能性も考えられます。

やはり丁寧にケアを続けることが大切です。

 

どの程度生活に支障が出ていますか? 頭の中がごちゃごちゃするのは自分の能力不足と考えるのは大きく的外れな可能性があるということも知っておいて良いと思いますし、そういったこともご自分でセルフケアするのなら、心が休まる、癒されるというよりも、その脳のクセに焦点をあてて対応した方が良い場合もあるでしょう。

 

ボディイメージがぼんやりされているのでしたら、心理的な事よりも、栄養的なことよりも、脳のクセがそれを起こす割合が高いということも改善の視野に入れていかれては如何かと存じます。

 

診断を受けるのでしたら、医療機関をおたずねになってください。

私の頭の中がうるさくなるのは

前回も書きましたがこんな時です。

発達障害と呼ばれる「脳のクセ」の現れ方について

 

現れる時期

人生の早めに脳のクセが顕著になるケースも、人生の中半や、後半に顕著になるケースもあるんだろうと思えています。

 

理由はなんでしょうね?

脳の形成はもちろんあるでしょうが、学生までの脳と、社会に出てからの脳の使い方が日本の場合は大きく違うからかも知れません。

自立性について早めから教育される場合には、脳のクセが顕著になるのが早いのかもしれないですね。

人生の後半は、義務、役割ということが減ってきたときにまた1つの転機になるからでしょうか?

 

中途半端に変種が多い
ースルーできない脳より抜粋

という説明が一番ピッタリするような答えなのかも知れませんが、またしばらく考えてみます。

 

まだ続きます

このシリーズは、また続きます。ひとまず次回が最後かも知れません。

 

そう、発達障害当事者研究(書籍)の方に書かれていたと思いますが、

「シャツなどのタグがチクチクして気になるのは発達障害の特徴」と書かれていましたが、あれは気にならない方もいるんですか?

私はこりゃあダメだと思ったら、どんなに高級ブランドのタグであっても取り除きます。気になりますよ。

 

大多数が気になるから、最近では印刷されるようになったんですよね?

このタグのチクチクが気になる。という特徴が確かにそうならば、そういう傾向の脳の方が増えている1つの現れかも知れませんね。

 

そして、もう1つ思い出しました。

中学の同級生に靴の左右が見分けられない方がいました。確か今までの人生で他にも靴の左右が見分けられない方がいましたよ。

中学の時は、スポーツ用品店で並んでいるスポーツシューズって大抵左右どちらかが並んでいますから、彼女が目の前の靴を試し履きする際に「ねぇ、これって右?左?」と聞かれました。いつも履くものは、そういう質問が無かったので、分かりやすいうようにしていたのでしょうね。

性格の優しい、成績優秀な方でしたよ。もちろん こっちは右だよ。と左右並べて目の前にセットしました。

 

靴の左右が解らなければ、その時みたいに周りの人に聞けばいいと思って特に何とも思わなかったけど、左右を捉えられない現象については、視覚の感覚器からくるのだろうか? と連想した記憶があります。

・・・つづく

 

続きのコラムはこちらです → 「発達障害 自閉症スペクトラム障害(ADS)についての理解」

(2018/06/28)

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