前回の記事では、書籍を紹介しておりません。

う~~~ん・・・・。というナニカが拭いきれなくて、あえて書籍紹介には至りませんでした。

今日はまず書籍をご紹介します。専門性が高いとは思うけど、私の「知りたい」にはとっても応えてくれてくれた本です。いつも通り画像とタイトルにはAmazonへのリンクが貼ってあります。

著者が哲学者であり、臨床医、神経科学者でもあるという経歴が、ただのタイトルホルダーではなく、十分内容に反映されていました。(感想が生意気で申し訳ありません)

情報だけを扱う事が上手なのではなく、そこに「著者の考え、哲学的な思考とは?」などが加わっていて私にはとても楽しい本でした。

私は、人それぞれ空間認識が違うということに気がついて、それらがある意味突出すると疾患という状態に繋がるようだということも理解が進んだ。事例を考えるにつれ、これが時間を認識する能力とも関連しているという事にも気がついてきた。

断っておきますと、事例というのは決して1つや2つではなくて、とっても多くの事例が長い時間をかけて蓄積されていたのですが、この「おや?」と感じていることの共通項になかなか考えが至りませんでした。空間認識や時間認識に違和感があるという共通項になかなか気がつけなかった。それがようやく意識化→言語化できる日が来ているので、本当に清々しい思いがあるし、ある種の完全燃焼感を感じているというのはこういった経緯があったからです。

これらについては、誰かの記事や投稿を見て、「それってどうなの?」と瞬間的な感情の反応を書いているわけではありません。そういう正論を言うかのようで、実はマウントしたいという隠れた承認欲求やコントロール欲とは違います。承認されるあてなんて無くても興味があるからコツコツと検証できるのだと思っています。承認されるあてがあるどころか、自分以外にこういったこと(やれ精神と心についての時間だ、空間だ)に興味があるヒトをしらないわけですから。(笑)

 

コツコツ研究は私のHAPPYの要素ですが、マウントやコントロールはナニカに反応しているだけであって、当事者の幸せには余り繋がっていないような感じがしています。

 

いつもそうなんだけど、自分が感じた「おや?」という疑問がもっとはっきりと理解出来たら良いなぁと思ってコツコツと独学をしているわけです。もっとシンプルに書くと、「なぜ私は 『おや?』という違和感を感じたのか? 心に引っかかったのか?」が知りたいわけです。

 

今回ご紹介したこの本に出会ったその先には、「それに対する考え方の最終結論」のようなものに大きく影響した書籍との出会いがあったのですが、私の知りたい、私がおや?と感じた「時間の捉え方。認識について。」「そういった脳のクセ」についてのゴール手前までのチェックメイトへといざなってくれたのはこの本でした。

ですから、もう食い入るように読みましたわよ。(笑)

まとめはノートの見開きを使用して、結構びっしり書いて4ページになりました。

 

そして、嬉しいのは、あながち自分の考え方は外れてなかったな。と思えた事です。

それを研究している医師・科学者がすでにいて、書籍が出ているということも嬉しかった。勝手な仲間意識と一体感を感じたのでしょう。

これらの先生に遅れること数年?十数年?ではありますが、コツコツと考えてきて、なかなかいい線を辿ってきたな。と自分に対して思えたことも嬉しかった。具体的に誰に承認されたわけでもないけれど、書籍があり、書いてある事が我がぼっち研究と足並みが揃っているように勝手に感じただけで、承認欲求が満たされたような気持になるものだ。ということも体験できました。

 

 

皆さんもこういった分野に興味があったら是非呼んで欲しいです。

 

 

 

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る

時間の捉え方に「おや?」と感じた経緯についてはこちらの記事にも書いています。

コラム「〇〇の法則。それが視野を狭くして、気付きを遅らせる。一度解き放たれては?

 

前置きもながかったけれど、さて何から書こうかな。こりゃあ長い記事になりそうだ。

自己焦点化

私が過去のコラムで「感情に巻き取られていく」と表現した状態のことは、「自己焦点化」という言葉で書籍に書かれていました。

 

過去のコラム

コラム「自分自身と調和している場合と、不調和が起きている場合。ONとOFF。」

コラム「発達障害と呼ばれる「脳のクセ」の現れ方について」

 

 

感情に巻き取られて行かないタイプの脳は「環境焦点化」が下がりませんが、脳内に全画面表示されるタイプの脳は全画面表示されているわけなので、環境に焦点を当てる余裕はありません。ですから「環境焦点化」は下がる。これは抑うつ状態の脳。

ちなみにこの逆、自己焦点化が下がり、環境焦点化が過度に起こると抑うつとは逆の躁病状態の脳となり、異常な幸福感により激しく興奮するそうです。

 

別の言葉でも、「内的焦点化」と「外的焦点化」というわかりやすい言葉が書かれていましたが、これは直接脳の部位とも連動しているとのことでした。

それは脳の「正中線領域」と脳の「正中線外領域」だとのこと。それは脳のこの辺りで「自己と身体と環境」に対処しているという理由が書かれていました。

 

すでに書いたコラム「目と脳と身体と思考の調和・統合」を書いた際の参考図書には、現代社会は情報やニュースに反応し過ぎて前頭葉優勢なので、その結果、下部視覚野に負担がかかり、上部視覚野が活気を失う。と書かれていました。

 

あっちもこっちも大変です。原因を追究するということも中々終わりがなさそうです。

 

脳って、何かをする際にどこかだけが稼働している訳じゃないから、何かお悩みについてバランス調整をする際に「どこどこの脳を調整」という近視眼的な行為はあまり意味がないんじゃないかな。と生意気にも考えています。(それを将来「脳に教科書なんて無い」というコラムにまとめたいと予定しています。)確かに調整はされると思うんですが、どうなんでしょうね。

そういった脳の情報に振り回されちゃったりするようなことがあれば、もっともらしい脳の情報だって、都市伝説に振り回されることと大差なくなっちゃう気がするんですけど、皆さんはどうお感じになりますか?

元同僚の例

以前勤めた会社での同僚の例を取り上げます。

この同僚に限らず他の同僚も、先輩も皆メンタルが痛んでた。私は「この仕事を一生することはないが、それにしてもこんなに合わない、やりがいを見いだせない仕事は始めてだ」という状態だった。

うつ状態の真性から始まり、濃い目のグレーゾーンの中に多くのヒト(社員)居たんだと思う。

 

その内の一人・元同僚が「どうも調子が悪い」という事を電話で私に話した。眠れないとか、食欲がないとか、身体の症状も含めた不調についてだった。

その彼女の不調の中に「コンビニで買い物をしたときにレジでバーコードで読み取る ピッ! という音が今まで以上に大きく聞こえるし、気にしていなくても他人の会計時の音までも近くにいなくても脳に飛び込んでくる」と教えてくれた。

もちろん、「だいぶ参っているはずだから、今は休むことが最優先。有給とって休んでよ。病院で一度相談しても良いんじゃない」と伝えた。当時はセラピーはやってなかった。コーチングはしていたけど、うつの状態が重い時って質問されるのがシンドイ方もいるし、頭が回らないことも多い。余計に負担がかかると思えたのでコーチングはしなかった。その時は「大変だよね。シンドイよね」と彼女の話をずっと電話を通して聞いていた。

 

月日は流れ、彼女の「コンビニで買い物をしたときにレジでバーコードで読み取る ピッ! という音が今まで以上に大きく聞こえるし、気にしていなくても他人の会計時の音までも近くにいなくても脳に飛び込んでくる」という感覚の変化について、私なりに「メンタル不全の際に併発する感覚の鋭敏化」という受け止め方をしたままだったのですが、数年の沈黙を破り脳科学的な解説が目の前に現れました。

 

それは統合失調症の諸症状という解説に含まれており

  1. 聴覚皮質と視覚皮質に感覚処理の抑制の低下がみられる。
  2. 過剰な情報抑制、フィルタリングメカニズムが機能不全
  3. 入力情報を選別しコントロールする能力を失っている
  4. いとも簡単に感覚情報に圧倒されてしまう   -脳はいかに意識をつくるのか より引用

1の、聴覚皮質と視覚皮質に感覚処理の抑制の低下がみられる。の中で「聴覚と視覚の鋭敏化」と言語化されていた。

先述した、感情に巻き取られる「過度の自己焦点化」については、いとも簡単に感覚情報に圧倒されてしまうという事になるのでしょうし、不思議体験(上とつながるとか、天使とつながるとか、枚挙にいとまがありません。他には、スパイされているとか、陥れようとしているとかもある)にのめり込んでいくのもそうだろうと思っている。

 

過去のコラム「自閉と健常はなだらかなグレーゾーン」でも書いていますが、どんな疾患、症状も誰しも内包していて、違いは現れ方のグレーの濃さでしかないと思っているんですが、統合失調症が位置しているグレーゾーンにはうつ、抑うつ、発達障害、他の精神疾患などが存在しているんだろうということです。

診断名をつける際、どの症状が疾患のガイドラインに沿っているのか?という事ですから、そのガイドラインがはっきりしない時代は、一過性のうつでも統合失調症と診断されたこともあるそうだし、今時は昔なら統合失調症と診断されたケースも発達障害と診断されるという臨床現場のお話も聞いた。

 

元同僚の彼女の場合は、統合失調症に思えるような行動も言動も私は感じなかったので、メンタル不全が進行して、統合失調症の特徴とも言われるようなグレーゾーンエリアに足を踏み入れたのだろうということです。

 

この状態がもうすでに「空間的」「時間的」認識に弊害・影響が出ていて、メンタル不全により外界からの多様な入力・刺激に対してコントロールする能力を失っているそうです。もっと難しく書くと、構造化し組織化することが出来なくなってしまっているとのこと。

 

そうだろうと思います。

私もメンタル不全を体験したことがあるので、感覚の変化も体験済みですし、さっきも書きましたがうつの状態が進行していくと、質問されるのがシンドイ方もいるし、頭が回らないことも多い。焦って分かろうとしてその実トンチンカンというような事は当たり前におきますものね。私もやりましたし。

 

著者は、このような自己焦点化、身体焦点化の高まりにより回復から遠ざかると断言されておりました。

 

私がしつこく、不思議感覚に没頭していかない方が良い。危ないですよ。と書くのは、このような理由からです。

参考コラムは、「受け取る「メッセージ」の発生点~それは誰からのメッセージなのか」ですが、この著者はもっとはっきり書かれています。

 

世界と脳の境界が曖昧になり、最終的には崩壊する-脳はいかに意識をつくるのか より引用

 

何が自己で、何が世界(自己以外)なのかの曖昧化が進む。

これの補償戦略としてメッセージをいうものを受け取っている感覚になる。というような解説だったと思います。

 

過去、私は、「その先厄介な事になりますよ。じゃ済まなくなる」ことに対して警鐘を鳴らしていましたが、なんの抑制力もないし、ご本人にはそういった意識もないので先ず耳に入りませんが、明日は我が身というか、誰しも内包している要素ですので気をつけたいものです。

 

こういった行為って「なにかがわかったつもり」にはなるんですが、それを精査・検証はしないんですよね。すぐ信じ込んでしまう。(それでも良いのかどうかが、私にはまだうまく書けない)

そういったことも、環境焦点化、外的焦点化が下がるという事に含まれるのかもしれません。

参考コラム

エンパスと憑依と見えるもの、感じるもの

厄介とは どんな厄介なのか? (上の記事の続編です)」

女性に起きる「憑依と解離と、自分の中心不在」をアスペルガー症候群と理解する可能性。

 

元同僚とは連絡を取り合っていませんが、元気で過ごしていると良いな。と思っています。

以前のコラムに「時代」と書いた、増え続けている脳のタイプの事例

どんどん同化していくクセがある脳のタイプがあります。

そういった脳のタイプは、時間をかけて習得していくものも「コピーできる」と感じるようでした。

しかし匠の技などは時間をかけて己に刷り込んでいくものです。どうやらこういった観念がないということに気がついたんですよね。

 

「忠実に再現することがコピーなら、それができていないという現状認識が無い。身体感覚の感知脳が無い? ということは空間認識に特徴があるんだろう」と見立てて、それは合っていました。

そうなると、その状態、空間ができあがった時系列という感覚もない? ということは並行して機能が低いのは「時間感覚だな」と思ったわけです。

 

その記事を書いたのはこちらでしたし、「女性に起きる「憑依と解離と、自分の中心不在」をアスペルガー症候群と理解する可能性。」他の記事では、こういった脳のタイプが増えているからそもそも理解の仕方が違う。これが時代というものだろうと書きました。(「〇〇の法則。それが視野を狭くして、気付きを遅らせる。一度解き放たれては?」

いやいや、昔から(今の中年、老人層にも)このような脳のタイプは沢山いるし、決してその数は少なくなったよ。というのが本音ですし、解離という現象は本当に多くの方がしていると感じる。しない人っているの?というほどその現象は身近にあって、その頻度と進度と深度がそれぞれ違うだけだと思っています。

グレーの濃さが違うだけ。

 

 

私は運動機能とこういった脳のタイプとは深く関連していると考えていますが、ところが、運動機能面ではプロの世界でも異変は起きているそうです。

 

運動能力・身体能力が秀でていても、それは起きる

ますはこちらのリンク先の記事を読んで下さい。

 

「インスタグラムは若手バレリーナにとって「毒」、世界的プリマが苦言」

http://www.afpbb.com/articles/-/3193732?cx_reffer=line-news&utm_source=line-news&utm_medium=news&utm_campaign=txt_link_1103

 

正直、(そうか、バレエをやっているバレリーナですらそうなんだ。)と思いました。

身体能力も身体感覚も抜きんでいる人達だろうに。

 

この記事の表現をお借りすると、時間の認識というのは1つは「隠された努力ができること」とも言えるし、「その隠された努力を感じ取る能力」とも言ってもいいかもしれません。

 

それをあっさりコピーできると(決して冗談ではなくて)本気で信じているというところに顕著な脳のクセ・思考のクセが現れるのでしょう。

 

見たらできる。見たらすぐにマネ(コピー)できる。同質のものが再現できる。と思うところが共通点であり、「深み」というような時間感覚も伴う空間認識は苦手なのでしょうし、「深み」という感性をそもそも感知することが苦手なのかもしれません。となるとやはり身体認識能力に特徴があるとも言える。それを司る脳の働きというものも当然関連しているでしょう。

 

この警鐘を鳴らされているバレリーナさんはそれを動画・インスタの影響だともおっしゃっています。

 

動画やインスタが実際には自分と距離のあるものであって、同じ空間にいないという認知や、

2次元の情報を見て脳内で3次元と変換するのは誰でも行っているけれど、それはあくまで脳内変換でしかないという実際の身体性を感じにくいのか?(多分そうでしょう)  「わかったつもり」という言葉は本人の辞書にはなく、瞬時に「わかった」と信じてしまうのか?(多分そうでしょう)

 

できると信じても、実際に出来ないことなど山ほどある。

「本人がそう信じていればできている」という誰かの教えか、何かの法則はあるけれど、それってホント?

少なくともこの警鐘を鳴らしているバレリーナさんは「できていない」とおっしゃっていますが。

 

私は、クオリティが問われるものに対して、「信じたらできる」というルールをそう簡単に適応して良いのかな?と考えました。慣れが早いというような一部に適応するのは有りかと思いますが、だからといって全面的に適用して良いのか? 違うよね。と考えちゃいました。

 

遺伝子の話

著者は

脳=脳+遺伝子+環境 だと書かれています。

これが心へと変換されていくんだと。

 

ちょうど書き終えたこちら ↓のコラムに、バランス調整・セラピーが届く深さ・持続性ということについてチラッと書きました。

バランス調整法は沢山あるけれど、「質」という考え方もあるという前提で話を進めます。

そこには、クライエントに適しているのか?や、セラピスト側の状態、信頼関係など様々な要素があると思いますので、一瞬OFFをONにすることはある意味簡単だとも言えますが、(潜在意識にアプローチしているという前提としたときに)そのバランス調整が届く深さも、「質」には含まれるとします。

ですから、OFFがONになれば、それは深さはともかく潜在意識には届いているのだろうと考えています。身体の反応が変わったということは、キネシオロジー的には潜在意識に働いた。と考える前提があったからね。

ただ、深さはともかくという扱いで良いのかは別問題ですが。  -コラム「目と脳と身体と思考の調和・統合」より抜粋

 

この著者は、「遅効セラピー」「速攻セラピー」という表現を使われています。

 

それは

脳=脳+時間(+遺伝子+世界)

という構成だという説明でした。

 

やっぱり、時間と空間の認識・認知というのはしっかりしてた方が良さそうです。

今は気にしていなくても、またこの先時間が積み重なっていったときに健康な脳、身体、思考でいるためにも。

 

自分の人生を生きている感じがしないという感覚から脱出するためにも

虚無感、空虚であることの理由の1つとして今回(または次回以降)の記事をご参考にしてください。

 

あぁ、そうか、そういう時間の観念が抜け落ちていることを誰も教えてくれない、誰かが教えてくれても聞く耳がない。ということも「環境」に含まれているのかもしれないですね。・・・縁って大切ですね。

 

これまでの私の記事・考え方と最後にうまくリンクし、直近の記事との兼ね合いが明確になった(つもり)ところでこの回はいったん終わります。

なんせ長くなりそうだから今回はここまで。

 

遺伝子の影響をバランス調整するということも行っています。ご興味のある方はご利用ください。

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・・・・続く

 

(2018/11/17)

 

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